【第4回会合】『国際化の現状と課題』概要

平成21年度厚生労働科学研究費補助金による厚生労働科学特別研究事業

『漢方・鍼灸を活用した日本型医療創生のため調査研究』

【第4回会合】『国際化の現状と課題』概要

日時:2010年2月8日(月)14時~16時

場所:慶應義塾大学医学部新教育研究棟講堂2

出席者リスト(当日の出席者は氏名の左に○印)

1.研究員

○黒岩 祐治

(班長)

国際医療福祉大学大学院 教授
石野 尚吾 昭和大学医学部第一生理学 教授
合田 幸広 国立医薬品食品衛生研究所生薬部 部長
○宮野  悟 東京大学医科学研究所ヒトゲノムセンター 教授
北村  聖 東京大学医学部医学教育国際協力センター 教授
木内 文之 慶應義塾大学薬学部天然医薬資源学講座 教授
○西本  寛 国立がんセンター がん対策情報センター

がん情報・統計部院内がん登録室

室長
○渡辺 賢治 慶應義塾大学医学部漢方医学センター センター長

准教授

○塚田 信吾 日本伝統医療科学大学院大学 教授
○関  隆志 東北大学医学部先進漢方治療医学講座 講師
阿相 皓晃 慶應義塾大学医学部漢方医学センター 教授
天野 暁 東京大学・食の安全研究センター 教授

2.研究協力者

大竹 美喜 アメリカンファミリー生命保険 最高顧問
涌井 洋治 JT 会長
丹羽 宇一郎 伊藤忠商事 取締役会長
新井 良亮 JR東日本 代表取締役副社長
原  丈人 デフタ・パートナーズ

アライアンス・フォーラム財団

会長

代表理事

○武藤 徹一郎 癌研究所有明病院 メディカルディレクター・名誉院長
○清谷 哲朗 労働者健康福祉機構 医療事業部

関東労災病院

医療企画調査役

特任副院長

○阿川 清二 鹿島建設 医療福祉推進部 ライフサイエンス推進室 室長
長野 隆 オリンパス ライフサイエンスカンパニーMIS事業部バイオ国内営業グループ グループリーダー
石田 秀輝 東北大学環境科学研究科 教授
○清水 昭 ヘルスクリック

エミリオ森口クリニック

代表取締役

院長

○安永 大三郎 日本シルクバイオ研究所 代表
岡崎 靖 日本製薬工業協会 研究振興部長

3.プレゼンター等(上記1、2掲載分を除く)

○井本 昌克 厚生労働省・医政局研究開発課 課長補佐
○森岡 一 バイオ産業情報化コンソーシアム

Ⅰ.概要

1.中国が自国の伝統医学の国内標準の国際標準化について極めて積極的に動いている中、このまま伝統医学の国際標準化の流れに受身で対応していると、日本の優れた伝統医学がつぶされてしまいかねない、との危機意識が共有された。

2.また、生物多様性条約の「生物資源の保護」によって、動植物由来の生薬は入手困難になり、日本の生薬原料価格は上昇し、中小の製剤メーカーの経営は立ち行かなくなるであろうし、薬価が上昇して国民負担も増える、との指摘もなされた。

3.そうした状況下、今後の伝統医学の国際標準化の交渉においては、徒にナショナリズムを衝突させるのではなく、互いの長所・多様性を認めあうようにすべきであること、そのためにも、政府が国家戦略をもって能動的・一元的に対応することが必要、という点で意見の一致をみた。また、各国際交渉の影響を有機的に結びつけてみておくことが非常に重要であるとの指摘がなされた。

Ⅱ.プレゼンテーション

1.WHOでのICD-11改訂作業(渡辺氏)[資料PDF]

(1)WHO(世界保健機構)のICD(国際疾病分類)については、ICD-11(第11次改訂)の作業が進められているが、この中核となる「中心分類」に新たに伝統医学を入れるべく、ここ数年いろいろなレベルの会合で議論がなされてきている

(2)漢方を含む東アジアの伝統医学については、日中韓を中心に議論を重ねてきているが、従来の西洋医学的な疾病分類と一対一関係にはならないことから、「病名」と「証」とを組み合わせる「ダブル・コーディング」を使った分類方法でICD-11に入れるべく準備しており、概ね形を整えつつある。

(3)この間、中国・韓国では、着々と国内体制を整えてきており、伝統医学の疾病のコーディングや電子化等を進めている一方、日本だけが政府の本格的な関与もないままに大幅に国内対応が遅れるなど、憂慮される状況にある。

(4)日本としては、政府がWHO会議の交渉を支援するとともに、コーディング、情報モデルの作成といった医療情報の基盤整備を急ぐべき

2.ISOでの伝統医学の標準化(関氏)[資料PDF]

(1)国際標準化が進むと、他国にも市場が広がり、開発・投資の効率化も進むほか、自社特許を標準に組み込むことでロイヤリティの確保も出来るなど、収益力・競争力の向上に繋がることから、各国とも国際標準で優位に立とうとしのぎを削っている

(2)ISO(国際標準化機構)は、元来は工業製品の国際規格化を対象とした民間組織であるが、WTO(世界貿易機関)のTBT協定(貿易の技術的障碍に関する協定)によりWTO加盟国は自国規格をISO規格と整合させることが求められる。ISOで標準化を進めていく上では、まずは対象品目等についてのTC(技術委員会)を設立しそこで審議することが必要となるが、基本的には多数決であることからシンパ作り・多数派工作が重要となる。

(3)中国・韓国では、国策として伝統医学を保護しており、用語整備や電子カルテ化等を進めている。特に中国は、90年代から経穴から鍼灸技術に至るまで国内基準を整備してきているが、近年はこれを基礎に中医学(Traditional Chinese Medicine)を世界標準にしてグローバル・ビジネス化しよう、という明確な国家戦略を持って、ISOやWHOの場のみならず、あちこちで同時にそして有機的なかたちで国際標準化戦略をすすめている。

(4)中国の標準化案をみると、用語・手技から医学サービスの安全や品質管理まで、医療全体の標準化をもくろんでいる。中国の(低い水準の)薬や医療サービスが国際標準になってしまうと、日本の伝統医療の長所が活かせなくなるほか、医療の安全性が損なわれる可能性もあるなど、国際標準化の問題は国民の命に直結する医学・医療の問題であるということを、わが国としても強く認識すべきである。

(5)なお、東アジアの伝統医療の国際標準化については、中医学を標準とした画一的なものではなく、日韓の医療の長所も取り入れたものを目指すべきである。

(6)現在のISO交渉についてみると、他国では概ね国家・政府が対応している中で、日本だけは主に学会が事実上手弁当で対応しており、疲弊している。政府は、一元的に標準化を担当する部署を設置することや予算措置を含め、国際交渉に本腰を入れて対応すべきである。

3.生物多様性条約と日本の伝統医学(小野氏)[資料PDF]

――条約の経緯や今後の議論の焦点については、第3回会合におけるプレゼンテーション概要を参照。

(1)生物多様性条約は、漢方医療・医薬品・食品・化粧品等の産業及び関連分野の研究活動など、幅広い分野に影響を及ぼすと考えられる。「生物資源の保護」については、端的には生薬の輸出制限に波及し、また「同・出所開示要求」は研究活動に影響を与えるであろう。一方、「伝統的知識の保護」については、その内容が固まっていないことから今後の交渉如何ではあるとはいえ、同様に幅広く影響が及ぶ可能性は十分ある。

(2)漢方・鍼灸という日本の伝統医療はれっきとした伝統文化・伝統知識であって、国として保護・活用していくべき文化資源・医療資源である。日本は伝統的知識の「利用国」であるとともに「資源国」でもあるという強い自覚を持って、伝統医学にかかる国際交渉や国内体制整備を進めるべきである。

(3)日本の伝統医学が今後なすべきことは沢山あるが、まず国内においては、医療情報のデータベース化や知識・技術の伝承・教育に加え、生物遺伝資源戦略や伝統的知識・文化戦略への能動的な関与をしていくことが必要である。また、対外的には、他の「資源国」の国内法制の調査や、資源国への援助や良好な協力関係の構築等が重要となる。

(4)伝統医学分野の専門家は、これら対応を適切に行っていくためには、産業界・法曹界・政界等、多種多様な分野の専門家との連携が必要であって、自分達だけでは対応しきれないということを認識すべきである。なお、学会では、海外への情報発信機能を兼ねてシンポジウム開催等を行うほか、分科会の設立等組織的手当てをしていくことが望ましい。

(5)生物多様性条約の交渉では資源国が利益配分を求めることが議論されているが、ナショナリズムの衝突を避けるためには、世界的な協同利用管理機関を設立し、生物遺伝資源や伝統的知識の利用・管理や利益配分を進めていく、といった新たな資源管理の枠組を提案すべきであろう。

Ⅲ.討議

1.伝統医学にかかる国内外の需要

・ 伝統医学の市場はどれほどあるのか、産業としてどの程度成長が期待できるのか。日本、途上国、欧米それぞれについて、その点を整理していくと、中国の国際標準化に向けた攻勢についても評価軸が出来ていくように思うが、実態如何。(土屋氏)

・ 世界的にみると欧米での生薬需要は伸びており、市場は10兆円規模とされていたが、実際にはもっと拡大しており、中国にとっての大きなビジネスチャンスとなっている。(渡辺氏)

・ ドイツでは、医師全体の1割以上が鍼灸師の認定資格を有しており、国民の3割位が鍼治療を受けている。90年代には、鍼治療にかかる健康保険による負担額があまりにも大きい(全医薬品の1%にも上った)ということで、政府と保険会社が協力して本当に鍼治療が効くのかどうかの科学的エビデンスを検証する大きなプロジェクトを数年前に行ったが、結局一部症例にはきちんとした効果があるということで保険適用が復活している。

米国においても、90年代に入って、国民は通常の医療よりも代替医療にかける費用の方が高いということが調査で明らかとなったことから、米国立衛生研究所(NIH)でも積極的に代替医療の研究が進められることとなった。このように、欧米では日本以上に代替医療・伝統医学に対するニーズが強いといえる。(関氏)

・ 国内では、昨年11月に事業仕分けで漢方が健康保険適用除外となるとされたことに対して反対署名が3週間で92万人集まったし、3年ほど前の同様の署名でも3ヶ月間に240万人集まった。このように、国内においても伝統医学に対する期待は大きいといえ、国民のために日本の伝統医学を守っていきたい。(渡辺氏)

2.国際標準化等、最近の国際交渉の現状評価と今後の見通し

(1)最近の中国の活発な動きの背景

・ 中国の国際標準化に向けた動きがとりわけ近年活発になっている背景としては、(1)韓国が鍼のISO化を進めようとしたことから、その対抗措置として出したのが一つのきっかけともいえるが、(2)5ヵ年計画の下にあって、世界に中国の伝統医学を広めていく目標の期限が区切られていることもある。(関氏)

・ ここ2-3年の中国の動きは、30年計画でやってきたことの氷山の一角に過ぎないといえる。国家中医薬管理局は、80年代から準備を進め、90年代には国内における標準化を進めてきており、それを国際展開しようとしているのが現状である。(渡辺氏)

(2)WHOのICD改訂交渉

・ ICD-11に伝統医学の分類を入れようとしているのは、そもそも現状のICDが先進国の疾病・死因データに偏っており、本来あるべき世界全体の現状を把握するための統計となっていない――「インフォメーション・パラドックス」と呼ばれている――ことから、途上国などの疾病・死因をカバーする必要があるとのWHOの問題意識が底流にある。(渡辺氏)

・ 東アジア伝統医学の疾病分類については、これまで日中韓のそれぞれの思惑が盛り込まれるかたちで形作られてはきており、今後内容面において大きな蒸し返しの動きが起こることは考えにくい。もっとも、中国は、WHO事務局が定めた「ICTM-EA」(東アジア伝統医学の疾病分類)という名前については依然不満を有しており、「TM」(Traditional Medicine)ではなく、「TCM」(Traditional Chinese Medicine:中国伝統医学)にしたい、と引き続き考えている。(渡辺氏)

・ WHOでは、ICD-11に伝統医学の疾病分類を入れる流れにはなっているが、正直言えばWHOメンバーの中にもいろいろな受け止め方があって、西洋医学をベースとする立場から違和感を持っている向きもある。確かに「証」という概念を疾病分類として導入すること自体は問題ないが、ICDは元々死因分類をベースとしている中で、そうした伝統医学のコーディングが死因分類としてどのように適用されうるのかについては不明確ではある。(西本氏)

・ また、臨床の現場でどのように医療情報を集めていくのかについても今後留意していくことが必要である。電子カルテに医師が情報を入れさえすれば、正確なデータが集まるというものでもなく、診断と疾病コードとの紐付けはむしろその専門家が行った方もっと精度が上がるとされていることから、そういう職種を育成していく必要がある。(西本氏)

・ 我々はまず伝統医学の疾病分類をICD-11に入れることを目指すゴールとしてきたが、確かにその後の具体的な運用についても明確なヴィジョンを持つ必要がある。(渡辺氏)

(3)ISOにおける伝統医学の標準化

・ ISOにおいては、工業規格の標準化が一般的な議題であり、医療分野が取り上げられることはなかったと認識している。医療分野がISOのテーマとして取り上げられたことについては日本政府としては意外であったし、医療についてISOで標準化の議論をされるべきものではないのではないかとの意見を出したところであり、今も違和感を持っている。しかしISOは元来民間基準であり、多くの国が希望すれば禁止されない限りはどのような議題も取り上げることが出来る。伝統医療については多くの国が賛同したためにISOで議論されることになったというのが実情である。従って、議題として取り上げることの是非と言うよりは、問題はそこで決められる内容がどうなるかだと思われる。(井本氏)

・ TC215(医療情報の標準化にかかる技術委員会)における関係者の議論では、各国の主張をバランス良く反映していって真の意味での国際的な規格を作るという志向がみられた。一方、今般設立されたTC249(「中医学」の標準化にかかる技術委員会)では、中国自身が事務局を担うこととしており、議論を自国に有利なように恣意的にコントロールしていく惧れもある。日本としてはそうならないように関係国ときちんと連携して、ISOの業務指針に基づく対応手続きを手当てしておく必要がある。(清谷氏)

(4)生物多様性条約における「伝統的知識」の定義

・ 「伝統的知識」については、まだきちんとした議論がされているわけではなく、何時頃までに他国から導入されたものであれば「独自の伝統知識」と認められるのか、例えば日本語というものを考えた場合、漢字は中国起源のものであるので、それでは日本語は伝統的文化・知識にならないということになるのか、判然としない。大事なのは、日本がこれからなされる「伝統的知識」の定義の議論において、能動的に対応していくことである。(小野氏)

・  「伝統的知識」については、議論百出の状況にあり、WIPO(世界知的所有権機関)でも議論は纏まっていない。特許法で定義されている特許の3要素(①新規性、②進歩性、③有用性)に照らしてみると、「伝統的知識」は当然新規性を持つものではなく、また一体誰が所有権(排他的利用)を主張しうるのかという点からみても、個人的には知的財産権としての保護対象たり得ないのではないかとは思う。

現在、WIPOでは知的財産権の枠組を越えたところで「伝統的知識」の議論を重ねており、今秋の生物多様性条約の議論の場にも新しい仕組みに関する考え方が提示される予定にはある。(森岡氏)

・ 中国の専利法の第三次改訂が昨秋になされ、「生物遺伝資源」については出所開示が義務化されたことから、企業等は注意する必要がある。なお、この改訂案の議論の際には、「伝統的知識」についても出所開示を求める条文があったが土壇場で削除された。これは中国内でも少数民族問題を抱える中で「伝統的知識」の扱いについての考え方が割れていることを示唆するものと考えられる。(森岡氏)

・ 歴史をみると明治初期に政府は漢方・鍼灸を一旦捨て去ったが、それが細々と生き残って最近になって蘇ってきているというのが実情なのに、「日本独自の伝統医療だ」と主張されても、一部専門家以外はピンとこないところがあるのではないか。伝統医学について独自の資格制度を持たせ、国家的に保護育成してきた中韓とは状況が違うのではないか。(黒岩氏)

・ 歴史的に中国伝統医学が中国や韓国を経由して日本に伝来したのは事実であるが、その後、日本で長い年月をかけて、日本の風土や日本人の体質に合うように、独自に改良、発展してきた日本の伝統医学が漢方であり日本の鍼灸である。「『中国伝統医学』の本場は中国」である様に、韓国の韓医学、日本の漢方と鍼灸がある。しかし、「『漢方・鍼灸』の本場は中国」といった誤解、誤認も一般には確かに沢山みられるところである。

自分が「漢方・鍼灸は日本独自の伝統文化・知識である」という点をあえて強調しているのは、国際交渉に向けての日本の姿勢や、国民の意識変革を促したいためである。(小野氏)

3.国際交渉が国内の伝統医学にもたらす影響

(1)中医学のみが伝統医学の国際標準とされた場合の問題点

(a)日本独特の診断法や医療制度

・ 漢方は中医学を源泉にしつつも、1,500年の間に日本独特の発展をしてきており、例えば腹診といった日本独特の優れた診断手法も編み出された。仮に中医学の診断方法のみが国際標準として認められるようになってしまうと、そうした日本の優れた診断技術が忘れ去られてしまう惧れがある。(関氏)

・ 国内の資格認定制度については、すぐに国際標準の通りにしろということにはならないであろうが、それでも将来的に各国で中医を伝統医学の医者として認定していく流れになった場合には、何故日本だけそれを認めないのか、ということにはなろう。(清谷氏)

(b)漢方薬・鍼の品質

・ 漢方薬についても日本は高い品質を誇っている。一方、中薬(中医学の医薬品)については副作用報告が年間で10万件も聞かれるなど問題も多い。そうした中薬が仮に国際標準としてのお墨付きがついてしまうと、今はインターネットで簡単に日本でも個人輸入が出来てしまう時代であるので、日本の医師が処方するとかしないとかの前に、(品質に問題のある)中薬が入ってきてしまうなど、安全性の問題が生じる惧れがある。(関氏)

・ 鍼については、日本鍼は独自の「鍼管」のある細いものであるが、日本製品の品質は良い。一方、中国製品は、切れが悪くて痛いなど性能面で劣るものが主体となっている。こうした品質面で見劣りする規格が仮に国際標準となってしまうと、優れた製品が価格競争力を失って市場を奪われる可能性がある

一方、中国では依然滅菌の仕方になど衛生面での課題もあるが、その滅菌の仕方が世界標準として日本に入ってくることは問題がある。(関氏)

・ 中国鍼の問題についての指摘があったが、性能面の問題については、確かに国際標準化の議論において政治力次第で決まってしまうような性質があり、今後とも留意していく必要がある。

一方、衛生確保面の問題があるという指摘は、鍼の性能そのものとは違う議論であり、両者を切り分けるべきである。使い捨ての注射針を使い回して肝炎を引き起こす事故などは今の日本でもないわけではない。(土屋氏)

・ 中国鍼が国際標準となっていくと、JIS規格でこれを認めていないとWTOで提訴されて罰則対象となるなど、外圧がかかってくる惧れがある。(関氏)

(2)生物多様性条約の影響

・ 生物多様性条約の「生物資源の保護」によって、動植物由来の生薬は入手困難になり、日本の生薬原料価格は上昇し、中小の製剤メーカーの経営は立ち行かなくなるであろうし、薬価が上昇して国民負担も増えることになる可能性がある。(小野氏)

4.国際標準化の目指すべき姿と、日本政府の対応

・ 例えば日中では「陰陽」という言葉が同じでも、その意味するところは異なっているなど、実は中医学を源流とした東アジア伝統医学であっても差異が多くみられる。また、中国鍼では治らないものが日本の鍼で良くなったり、その逆のことが起こることもしばしばある。したがって、伝統医学の国際標準化の議論においては、決して関係国が対立する構造にするのではなく、互いの伝統医学の良いところを活かし、統合して患者を診ていく姿勢をもつことが重要である。(関氏)

・ WHOでも標準化はstandardizationではなくharmonizationということで理解されており、これまでの伝統医学の標準化についても「多様性を認める」という考え方に沿って議論がなされているが、そうあるべきである。ナショナリズムの戦いになることは避けなければならない。(渡辺氏)

・ もし日中韓の統一見解が取れないようであれば、発言力の大きいものに巻き込まれないためにも、この際、発想を変えてTC249はTCM(中医学)だけのための議論の場とした上で、漢方については「TJM」とでもした上で別途議論していく、という考え方もあろう。(土屋氏)

・ 伝統医学を巡る国際交渉の影響は、有機的に繋がっているので、これらを多角的にみていく必要がある。中国政府はWHOとISOの双方の場に同じメンバーを送り込むなど、明らかに各フォーラムでの議論を有機的に結びつけて戦略的に対応しているが、日本ではそういった繋がりは認識されていない。(小野氏)

・ 国際会議に出席している日本の医師たちには物心ともに大変な負荷がかかっており、省庁の所管部署もばらばらであって調整もままならない状況にある。政府としては、対応窓口を一本化するとともに財政面・事務処理面でのサポート体制を作ってほしい。(塚田氏)

・ 中国が国家戦略として国内標準を国際標準化しようとする動きは、別に悪いことではなく、政府の対応としては当然の動きといえる。日本として重要なのはそうした動きの中でどのように対処するかである。

このままボーっとしていると中医学が伝統医学の国際標準となってしまうが、そうなると日本の伝統医学の芽がつぶされてしまう。一方、だからといって日中韓が本家争いをしてそれぞれのナショナリズムを衝突させるのはプラスにならないのであって、互いの長所、多様性を認めあうようなかたちに交渉を持っていくのが肝要である。そのためにも政府自身が、国家戦略をもって対応することが必要である。(黒岩氏)

・ 日本の鍼灸は小さな刺激で大きな効果をもたらすことが出来るが、現在、東南アジアに日本の鍼灸を普及させるプロジェクトが試験的に行われている。こうした技術支援をもっと国際貢献、途上国支援という観点から戦略的に行うことも必要である。(塚田氏)

5.日本の診療報酬制度等のもたらす影響

・ 日本の医療は色々な意味で安くサービスが受けられるように出来ている。例えば、患者からみればCTやMRIといった精密検査が比較的安価に受けられる一方、医師からすれば、腹診など漢方での診察方法は手間がかかり、専門的な判断が必要とされる割にはそれが診療報酬面では評価されていない。このように、収入に結びつきにくい問診や診察に時間をかけることよりも検査等を行うことになりがちな現状の枠組の下では、漢方をきちんと勉強するインセンティブは小さい、という問題がある。(清谷氏)

以 上