第1回会合 人材面からみた現状と課題』概要

平成21年度厚生労働科学研究費補助金による厚生労働科学特別研究事業

『漢方・鍼灸を活用した日本型医療創生のため調査研究』

【第1回会合】『人材面からみた現状と課題』概要

日時:12月23日(水)15時~17時

場所:慶應義塾大学 新教育研究棟講堂1

出席者リスト(当日の出席者は氏名の左に○印)

1.研究員

○黒岩 祐治

(班長)

国際医療福祉大学大学院 教授
寺澤 捷年 千葉大学医学部和漢診療学講座 教授
○石野 尚吾 昭和大学医学部第一生理学 教授
○合田 幸広 国立医薬品食品衛生研究所生薬部 部長
○宮野  悟 東京大学医科学研究所ヒトゲノムセンター 教授
北村  聖 東京大学医学部医学教育国際協力センター 教授
○木内 文之 慶應義塾大学薬学部天然医薬資源学講座 教授
○西本  寛 国立がんセンター がん対策情報センター

がん情報・統計部院内がん登録室

室長
○渡辺 賢治 慶應義塾大学医学部漢方医学センター センター長
○塚田 信吾 日本伝統医療科学大学院大学 教授
○関  隆志 東北大学医学部先進漢方治療医学講座 講師
阿相 皓晃 慶應義塾大学医学部漢方医学センター 教授
○天野 暁 東京大学・食の安全研究センター 教授

2.研究協力者

大竹 美喜 アメリカンファミリー生命保険 最高顧問
涌井 洋治 JT 会長
○丹羽 宇一郎 伊藤忠商事 取締役会長
新井 良亮 JR東日本 代表取締役副社長
原  丈人 デフタ・パートナーズ

アライアンス・フォーラム財団

会長

代表理事

武藤 徹一郎 癌研究所有明病院 メディカルディレクター・名誉院長
清谷 哲朗 関東労災病院 特任副院長
○阿川 清二 鹿島建設 医療福祉推進部 ライフサイエンス推進室 室長
○長野 隆 オリンパス ライフサイエンスカンパニーMIS事業部バイオ国内営業グループ グループリーダー
石田 秀輝 東北大学環境科学研究科 教授
○清水 昭 ヘルスクリック

エミリオ森口クリニック

代表取締役

院長

○安永 大三郎 日本シルクバイオ研究所 代表
岡崎 靖 日本製薬工業協会 研究振興部長

3.プレゼンター(上記1、2掲載分を除く)

○三潴 忠道 飯塚病院 東洋医学センター 所長
○後藤 修司 学校法人 後藤学園 理事長
○佐竹 元吉 富山大学 和漢医薬学総合研究所

お茶の水女子大学生活環境教育研究センター

客員教授

客員教授


Ⅰ.概要

1.漢方・鍼灸医学については、内外で評価が高まりつつあるが、国内における教育体制をみると、医師・鍼灸師・薬剤師のいずれについても発展途上の段階にあり、卒前・卒後教育双方の一段の充実が必要であるとの共通認識がみられた。

2.医師国家試験に漢方を採り入れることについては、医学生が学ぶべき最低限の水準を示すことのほか学習の動機付けとなるといった教育面でのメリットに加え、国民に対して漢方の重要性・有用性をアピールするきっかけともなりうることから、これに対しては参加者全員の賛同が得られた

3.医学部のカリキュラムについては、漢方を学習するコマ数を大きく増やす余裕はないものの、「医食同源」を含む漢方のものの見方を知ることは重要で有用であるとの共通認識の下、卒前教育の中で全人的医療の視点を学ぶ機会を増やすことが適当との意見がみられた

4.また、専門的な人材育成をしていくためには、経済的なサポートを含め、当事者にとって具体的なメリットが出るような制度設計を行うことが重要であるとの指摘がなされた

Ⅱ.プレゼンテーション

1.漢方専門医教育の充実 (三潴<ミツマ>氏) [資料PDF]

(1)漢方医学は、明治初期に廃絶の方針が出され、一旦衰退したが、その有効性や医療経済効果が再認識されてくる中で、最近では医学部教育のコア・カリキュラムに採用され、全国80医学部の全てにおいて漢方教育の体制が整うなど、漢方製剤の普及等と相俟って、着実に医療としての地位を取り戻しつつある

(2)もっとも、医学部における教育(卒前教育)では、講義時間、学生の学習意欲、臨床力のある教官の数、診療体制のいずれにおいても依然不足感が否めない状況にある。こうしたことから、(a)医学生が習得すべき最小限度内容を確定させる観点から医師国家試験に漢方を採り入れることのほか、(b)研修体制を見直し、教官の養成を図ること(後述)、(c)薬材料・技術料等医療費用の再評価を図ること(後述)など、経済的な側面についても見直しが必要である。

(3)卒後の研修体制では、研修拠点病院の充実・研修支援体制の確立を図り、教官(専門医)の育成及び総合診療医の基礎研修の充実を図ることが急務であるが、そのためにも、(a)専修医・教官への奨学金の支給や(b)研修後の身分保障といったように、経済的側面でのサポート体制を敷くことが重要である。

(4)生薬資源は天然物であり原材料は上昇しやすく、また残留農薬検査を含め品質の確保等には大変コストがかかる。また、在庫管理や調剤の採算もとれていないのが実情である。こうしたことから、生薬を使うという特徴をもった漢方診療を支える観点から、適切な医療経済的手立てを講じることも必要である。

2.鍼灸専門教育の充実 (後藤氏) [資料PDF]

(1)鍼灸医療は、「自然治癒力を活かして身体のバランスを整える」という全人的思想に立った、環境に優しく(エコロジカル)、経済的(エコノミー)な「エコ医療」として、世界的な注目を集めている。

(2)治療効果の面では、例えば米国NIHの「鍼に関する合意声明」、米国・国際統合がん学会の「がん統合医療ガイドライン」などで高い評価を得ている。また、予防医学での貢献や、医療費削減といった医療経済面でのメリット、セルフケアや全人的医療の視点といった医療システムのあり方への貢献等々、幅広く期待できる医療である。

(3)日本の現状をみると、愁訴(身体のちょっとした歪み)を修正する文化的土壌はあるにも拘らず、鍼灸への偏見や無理解がまだ残っていることもあって、これを治療手段として活用している率は現状では決して高いとはいえない。こうした中で鍼灸が国民医療の一環となるためには、鍼灸師・業界としても積極的な対応が必要である。

具体的には(a) 適切な情報開示や啓蒙普及活動を通じ、有効・安全な医療手段であることを理解してもらうこと、(b)カリキュラムの見直し、卒後2年間の研修の義務化や免許更新制の導入等を通じて、信頼されるレベルにある専門職集団となること、(c)病院・診療所などの医療機関でも行われるなど身近でかかりやすい治療手段とすること、(d)公的・民間の保険によるカバーを含め、経費的にも安くすることが重要である。

(4)政府レベルにおいても、多くの国民に満足度の高い医療を提供するという観点から、鍼灸治療の役割を明確に位置づけ、より安全・簡便に鍼灸治療を受けられるように制度面からも後押しすべきである。

具体的には、(a) 現代医療との併療を認めることで、疾病管理を徹底しつつ統合医療を実践できるようにすること、(b) (現代医療ではうまく治療が出来ないという医師の診断書・同意書があることを前提にして、はじめて健康保険対象の鍼灸治療が受けられるという)「医療先行の原則」を廃止すること、また(c)海外からの研修希望を受け入れられるような鍼灸臨床研修センターを設置すること等、を要望したい。

3.薬剤師を取り巻く漢方薬の現状と薬剤師教育の充実 (佐竹氏) [資料PDF]

(1)漢方薬については、「日本薬局方」(国内規格)でこれまで一般用漢方エキス製剤で210品目(「210処方」)が認められてきたが、現在処方を大幅に追加する方向で見直しが進められている。また、残留農薬や成分の安定性からみた安全性の確保や品質保証の面では、日本の漢方・生薬製剤のレベルは高い。

このほか、薬用植物資源(種子)の保存と供給(種苗登録、栽培)の面でも研究等が着実に進められている。

なお、「薬食同源」という考え方は古典でもしばしばみられるが、実際、一般の食物で生薬として使われているものは大変多い。

(2)漢方薬は1970年代以降普及したが、医師の知識不足等から副作用・事故が発生したことなどをきっかけに病院におけるエキス製剤の使用は減少に転じた。

一方、薬剤師は伝統的に漢方薬の普及に重要な役割を果たしてきたが、薬学部における漢方教育をみると、必須・選択の扱いがまちまちであり、専門の教員も不足しているほか、教科書も漢方理論に触れずに生薬の記述に留まるものが多いなど、教育面での改善の余地は大きく、依然発展途上にある

(3)こうした中で、「漢方薬・生薬認定薬剤師制度」(講義や薬草園実習を組み合わせた一種の卒後研修制度)を2000年に作り、約10年が経過したが、薬剤師の専門性の引き上げは徐々には進んできている

(4)今後漢方薬を普及させていく上での課題は様々なものがあるが、政府レベルでは、例えば(a)漢方薬の安全性・有効性に関する評価方法の再検討や、(b)生薬の確保・薬用植物の保護といった課題、学会では(c)漢方薬の有効性にかかる証明方法の確立、(d)生薬の修治(加工)方法の規格化と高度化等に取り組むことを期待している。また、国民に対して、漢方薬の特徴や安全性にかかる知識の普及を図ることも重要である。

(5)なお、中韓やベトナム等々共通の文化的基盤を有している国々を中心に、薬用植物の規格の調和や効果的な資源の活用を図るべく「薬用植物の品質保持に関する組織(FHH)」を設立して意見交換を進めてきている。実際、モンゴル、タイ、ミャンマーなどの伝統薬をみると、漢方薬と共通する生薬や成分が多くみられる。

4.漢方医学による食育を行うための人材育成 (天野氏) [資料PDF]

(1)自分は約30年前から、中国・米国・日本という文化・生活習慣・国民の体質の異なる3つの国で中医学・漢方医学に携わってきた。来日した当時は漢方ブームがあって、医師・薬剤師・鍼灸師等と一緒に熱心に勉強したが、それから22年経って振り返ってみて、政府の対応や国民の理解は残念ながら当時と殆ど変わっておらず、寂しいものがある。一方、海外では漢方はすごく人気が出ており現在大変注目されている。

(2)漢方は対症療法ではなく、身体全体のバランスを整えることを目指している。したがって、漢方薬だけで身体を治すというものではなく、その人の食事、生き方、鍼等を含めた文化全般の中で治療や予防をするものである。例えば、ある女性の冷えを治そうとして漢方薬を与えたが、全く症状が改善せず「漢方薬は効かない」と思われてしまうケースがあったが、それは本人がそれを打ち消すような食生活等をし続けていたためであることがあとで分かった。

(3)漢方医学には、病気になってからの「治療医学」と、病気にならないための「養生医学」(未病を治す)の二つの柱があるが、この二つは切っても切り離せないものである。

(4)「未病を治す」分野において、今とりわけ関心があるのは生薬・漢方による予防薬効の研究で、(a)一般用漢方医薬品の合理的・効果的な情報提供と、(b)新しい薬効分野の開発、が重要であると思っている。

前者については、例えば「防風痛聖散」については、中性脂肪を減らす効果が注目されているが、冷えや虚弱体質には向いていないので、そうした漢方薬の薬効と体質との相性にかかる適切な情報提供をしていくことが重要である。そのためには、薬剤師の教育も大事である。

後者については、例えば「高麗人参」は世界的に愛用されているが、実は薬効の範囲も明らかになっていない部分があり、海外では相応に研究が進んでいるが、日本においては不十分なままとなっている。

(5)また、3000種類にも上る漢方薬の3分の1は食物であり、「医食同源」の考え方に基づく食養生の工夫も重要で、それは単に栄養学的な分析だけに留まらず、季節の旬のものを食べるといったことを含めた幅広い研究が必要である。

(6) 消化器といった体質面のみならず、食生活、硬水・軟水といった水の性質を含めて、人の「証」は国々で大きく異なるが、自分は特に日本人の「証」と食事との関係をライフワークとして勉強していきたい。栄養士・薬剤師・医師と協力できる「食養生アドバイザー」の育成は重要である。食養生による効果を明らかにすることで、医師の処方と合わせ、何倍もの相乗効果をもたらすことが出来よう。

Ⅲ.討議

1.当特別研究における患者目線、総合的な視点での議論の重要性

・ 自分の父親は末期の肝臓がんとなったが、「医食同源」を実施することで実質的に治癒した体験がある。特にがん患者に象徴的であるが、患者にとってはQOLの改善が非常に重要である。この特別研究においては、漢方・鍼灸を活用して医療を改善していくために何が課題であるのかを整理していきたい。(黒岩氏)

・ これまで色々な分野における議論に参画してきたが、いずれも生産者側の論理で議論されることが多く、消費者(患者)の論理で議論されることは少ない。薬剤や学者を含め、患者にとって総合的にみて医療の改善がなされるよう、作文ではなく実効的な議論をすべきである。(丹羽氏)

2.伝統医学教育の内外比較

・ 欧米・東アジアともに、伝統医学教育をそれぞれの方法できちんと進めている中にあって、日本は見劣りする状況にある。

欧米では、西洋医学教育の中で統合医療の教育を進めようとしており、各国の超一流大学で総合医療講座を作って科学的な研究を進めている。韓国では東西医学が分かれており、双方の医療ライセンスを取得するには12年かかるが、両方のライセンスを有している人材は200名以上いる。日本でも、鍼灸を含め、伝統医学教育を積極的に取り入れていくべきである。(関氏)

・ 日本での医学教育は、西洋医学をベースとしつつ、東西医学を一体で行うことが出来る点でメリットはある。中国での中医学大学の卒業生の実態をみると、老中医に長く学ぶような悠長なことはせずに西洋医学の医者として開業してしまうケースが圧倒的である。また、韓国では、東西医学の対立が激しいという問題がある。(渡辺氏)

3.全人的医療という考え方、漢方的な考え方を教育することの重要性

・ 専門教育においても、全人的医療の視点を持たせることは重要である。欧米では、学部時代には別の学問を修めたのちにスクール・オブ・メディシンで医学教育を行っているが、日本では若いうちから性急に専門教育を施し過ぎる点で問題があるのではないか。(後藤氏)

・ 医学部教育の中で、鍼灸の考え方をサワリだけでも学ぶ意味はあるように思う。一方、実践的な内容については、卒後教育の充実を図って教育するのが現実的である。(関)

・ 患者主体の目線で考えれば、全人的な医療の実現を求めているのは当然である。チーム医療や生命倫理といった側面を重視するなど、医学教育にかかる流れは随分変わってきており、漢方医学の「ものの見方」を学ぶことは意味が大きい。(渡辺氏)

・ 漢方薬のリスクは通常の医薬品と同程度であるのに「副作用がない」という幻想をもたれた中で、小柴胡湯の副作用の問題をマスコミが大きく取り上げた結果、病院での漢方薬の利用が一旦大きく落ちこんだ経緯がある。最近になって漢方薬の利用状況には回復傾向がみられるが、「証」を正しく理解するような医学教育を施すことは重要である。(合田氏)

4.医師国家試験への漢方の採用、漢方教育の内容の均一化の必要性

・ 国家試験に入れることは学生が学ぶ動機付けになる。また、頭のフレッシュなうちにものの見方を教えることは重要である。(関氏)

・ 国家試験に採用されるようになれば、卒前教育で最低限、漢方・鍼灸という概念を知ることになる。一方、実践的な教育は卒後にしていく必要があろう。(渡辺氏)

・ まずは医科大学における漢方教育の均一化が必要ではあるが、国家試験に漢方を取り入れることは漢方医療の普及の早道である。(石野氏)

・ 教育の均一化については、ある程度テキストの整備によって実現できており、あと一息といったレベルにあるなど、国家試験に採用する素地は出来てきている。大学内での教育者の育成が十分になされるまでの間は、大学内外を問わず教育の出来る人材のリストを作り、いわば人材バンク的に登録をして活用してはどうか。(三潴氏)

・ 事業仕分けにおいて漢方薬を保険適用からはずそうとした際に、大勢の患者から保険適用継続を望む署名が短期間に集まったことからも分かるように、漢方医学が臨床において有効であることは国民の間でも認知されてきている。国家試験に採用することは漢方医学の重要性・有用性を国民にアピールする上でメリットになる。(三潴氏)

5.卒前教育における漢方関係の学習時間増加の実現可能性

・ 今のカリキュラムは西洋医学を学ぶだけでも手一杯で、専門医の養成には苦労しているのが実情である。そうした中で、さらに漢方のためにより多くのコマ数を充てることは可能であろうか。各医学部での努力によって捻出しうるのか。(宮野氏)

・ 確かに、医学部の専門教育は約4000コマあるが、既に学ぶことが多過ぎるくらいである。そうした中で、現状20コマ充てられている漢方について80~100コマにまで引き上げるのはさすがに現実的ではないが、総合医の育成やより良い医師育成のための必修科目として、10~20コマ程度は可能ではないか。(渡辺氏)

・ 専門教育に入る前の最初の2年間の中でこうした全人的な医療にかかる教育を施すことは十分出来るのではないか。(黒岩氏)

・ 豪州シドニー大学では、全人的治療・プライマリーケア重視の流れの中で、3年前から医学教育に鍼灸を入れ始めているが、確かに既に手一杯の専門課程にこれを盛り込むことは無理があることもあって、頭のフレッシュな1~2年生に対して教育するようにしている。(関)

6.処遇面等、実利の確保の重要性

・ 訴訟リスク等が高まる中で外科や産婦人科の成り手が少なくなってきていることからも分かるように、人材育成については、「志」だけでは実現できないことに留意して、実効のあがる制度設計をすべきである。

即ち、漢方を勉強すると処遇面で具体的なメリットがあるとか、そうした医者を抱える病院が全人的な医療を実現する先として患者が集まるようになり、働く医者にもメリットが及ぶといったように、何らかの効果があれば、専門医になろうとする医者の数も増やすことが出来るはずである。(丹羽氏)

以 上